アーチェリー部

高校時代の記憶だ。当時は初めての部活動参加ともあり、数ある部活の中でどれに所属すれば良いのか迷いがあった。何もしない帰宅部という選択肢もあったがその時は不思議となにかに所属したいという意志だけはあった。そこでいつだったか記憶にはないが、先輩との交流会的なもので、アーチェリー部を創設したから手伝ってくれないか?と誘いを受けたことが始まりだった。

アーチェリー部でやったこと

アーチェリー。オリンピックで有名な弓矢のアレでしょ。当時はそういったぐらいの認識で詳しいことまでは全然把握していなかった。何メートルも離れた場所から弓矢(アーチェリー)とその他防具を装備し、的に極力中央部分まで集中させ弓を射る。運動部というカテゴリの中では動かず集中力を生かした競技だろう。

私が通っていた高校の近くに県の総合体育公園があり、アーチェリーの射場もあったことで放課後にそこで活動が行われていた。部員は自分を含め2人。アーチェリーの射場にはプロの人達がいるのか…と思っていたがそうでもなく誰もいない無人の空間、原っぱの上に的であるようなものが置かれている感じだった。それにはブルーシート化が被せられており、部活初めはそのシートを取り外す作業から始まる。

外してみると畳だ。畳に防水の紙のような的が貼り付けられている感じだ。射場のそばにあるプレハブ倉庫からアーチェリーの一式が入ったアタッシュケースを取り出す。

実際の練習

アーチェリーは3種類ぐらいケースが用意されており、中を開けるとばらばらになったアーチェリーが。3部分に別れたパーツをネジ止めし、弓紐をひっかける。このときやり方を間違えば紐が体にバチーンとなる危険性もあり、注意を払って作業を行う。そして何度か弓を引っ掛け狙いを定める。

弓自体にもいくつか種類があり、弓の硬さ(ポンド数)で決まる。当時は全く力もない状態だったので女性用の一番しなるぐらいのやさしいポンド数のもので練習を始めた。

部活の流れ

使い古された的に次々と狙いを定めては放って矢を抜きに行く。これの繰り返しがほぼメインの部活内容となっていた。気づけば部員も増えており、4人ぐらいの構成で活動していた。夏には県大会もあり、先輩が出場した際には応援に行った記憶があるが、暑いところが苦手だからと、他の部員たちとスマホの音ゲー「Deemo」で遊んでいたことが記憶に蘇ってくる。

部活が遅くなるからと言う理由でスマホを祖母に買ってもらったというのもこのときだ。初めてのスマホで部員に色々教えてもらってマイクラとかにハマり始めたのもこの時期だっただろう。

部活は自然消滅

その後、県大会に出場できるぐらいの実績のある先輩は卒業してしまい、一気に部活に活力が見えなくなった。練習場所が高校から自転車で20分ぐらい離れた場所の運動公園ともあり、坂の上だからますます行くのがだるくなる。そう言っているのは自分だけでなく、アーチェリー部のメンバーも皆同じことを言っていた。

新入生の部活勧誘も一時期は行っていたが、なにせ高校の敷地内部に「弓道部」の射場があること、女子部員も多いことから新入生はアーチェリーなど目にくれず弓道部に引っ張られてしまっていた。

そうして自然と部活に行くことがなくなり自然消滅的に部活は閉鎖?になったのだ。
今はもう存在していないだろう。顧問はもう学校を出たはずだ。

その後

アーチェリー部が自然消滅した後、私は高校2年生の春を迎えていた。いつものように1人学食で暇つぶしのスマホゲームをしていたら後ろから「暇だったら上でやってる演劇部の手伝いしてくれないか」と教職員からお呼びがかかった。こうして次の「演劇部への入部」に続くのだった。

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